4月21日、ニュー・アルバム『EYE』のリリース・パーティ“目玉の飛び出す夜”が代官山UNITで行われた。
会場に足を踏み入れると、ライヴ会場とは思えぬスパイシーな芳香が空腹を刺激する。フロア内のあちこちに、飲食店のブースが屋台のように設えられ、美味しそうな食事を提供している。
そう、この夜は“ライヴ”ではなく“パーティ”であり、宴なのだ!
何を食べようかとフロアを見回しているうちに、紅白縞のハットをかぶった4人のサックス奏者が登場し、サックス四重奏を奏でながらフロア内を一列縦隊で練り歩き始める。石川周之介率いるShumusic Sax Quartet(SSQ)だ。
ライヴハウスというよりも、ニューオーリンズあたりのストリートでフェスティバルを楽しんでいるような気分になってくる。
4人のサックス奏者は2曲ほど演奏した後、DJブース周辺に集結し、宴の始まりが宣言される。それに呼応するように、DJブースから繰り出されたBGMはランディ・クロフォードの名曲「Street Life」のカバー・バージョンだ。やっぱりキーワードはストリートなんだな。
BGMがフェードアウトすると、いよいよ“パーティ”のメイン・イベント、中塚武ライヴのスタートだ。
デジタル・グランド・ピアノの前に陣取った中塚を中心に、ギター石垣健太郎、サックス石川周之介、ドラム鈴木郁、ベース寺尾陽介、そしてホーン・セクションの面々がステージ上に顔を揃えている。全員白シャツに細いネクタイ、そして黒いパンツといった出で立ちだ。中塚のみ黒いハットをかぶり、ネクタイの代わりに白シャツの胸に“目=EYE”のイラストが描かれている。
1曲目は「Countdown to the End of Time」。
始まりがあれば、終わりの時は必ずやってくる。演奏が開始されると同時に、宴の終わりに向けたカウントダウンがスタートするというわけだ。
中塚はピアノでリズムを軽快に刻みながらヴォーカルをとっている。超高速な4ビートはどこかラテンのグルーヴを感じさせる。ホーンのソロもふんだんにフィーチャーされている。
“こんばんは”という短い言葉をキッカケにSE混じりのドラム・フレーズがスタートすると、中塚はピアノを離れ、マイクを持ってステージ中央に歩み出る。
ここからは5曲続けて新作『EYE』からのナンバーが披露されていくこととなる。
まずは「律動(リズム)」。タイトルのとおり、リズミカルでスウィンギーなナンバーだ。
曲が終わると中塚が今回のパーティの主旨を語る。“今日はオリジナル曲にこだわる”という意向が語られた後、「ひねもすえそらごと」が演奏される。
ワウワウを効かせたギターのカッティングが印象に残るアシッドなライヴアレンジだ。
ここで再びMC。
“音だけがカッコ良い、音だけで楽しめるアルバムを意識した”と、3年ぶりのオリジナル・アルバム『EYE』の制作意図を紹介してくれた。
続いての曲は「初夏のメロディ」。この曲は昨年6月14日のワンマンライヴのために作られたナンバーで、『EYE』にも収録されている。
“手と手と……”というコーラスが印象に残る爽やかなナンバーだ。
ピアノの特徴的なコードが会場に響くと「あの日、あのとき」の始まりだ。
アルバムではストリングスで奏されていたパートが、ここではホーンにリアレンジされている。
続くMCではそうしたアレンジの経緯が語られ、さらに次の曲「〇の∞」の話題へ。
NHK-Eテレ『サイエンスZERO』のテーマ・ソングとして使われているシングル曲だが、タイトルが読めない!
中塚は“ルビを付けておくべきだった”と語り、観客の笑いを誘う。
“ゼロの無限”とタイトルの読みを紹介して演奏がスタートする。豪快なホーンのアンサンブルが最高にカッコ良い。
ホーンのソロ回しが終わると、印象的なギター・カッティングが刻まれ、曲は「トキノキセキ」へと移行する。アルバム『Lyrics』に収録されていたナンバーだ。
中塚は再びピアノを離れ、ヴォーカルに専念する。ホーンのユニゾンで奏でられるメロディも印象的だ。
この曲を最後に1stステージは終了。
フロア内では4人のDJによるBack to Backとともに、「JAPANESE BOY」MV制作の杉江宏憲によるVJパフォーマンスが繰り広げられる。
観客はてんでに食事を味わったり、お酒を楽しんだりしながら来るべき2ndステージに思いを馳せている。
30分ほど経過すると、再びSSQがフロアに登場して「聖者が街にやってくる」などの演奏を披露する。立錐の余地もないと思われたフロアに、自然とSSQが練り歩く“道”が出現するのが不思議だ。
4人はそのままステージへ。すると衣裳を着替え、紅白縞のハットをかぶった中塚が登場し、4本のサックスのみをバックに「Johnny Murphy」を歌い上げる。2ndステージの幕開けだ。
ふと気付くとハットをかぶっているのは中塚のみ。オープニングで同じハットをかぶっていたSSQのメンバーはかぶるのを忘れていたとのことだが、果たして本当なのか、演出なのか……?
石川周之介、副田整歩、渡邊恭一、山中ヒデ之から成るSSQのメンバーとそんなトークを繰り広げた後、中塚は黒のハットに交換し、この“パーティ”のためのボーナス・トラック「僕のそばに君がいる」が披露される。
アレンジはサックスの副田整歩が、ジャケットのデザインはギターの石垣健太郎が手がけたこの曲は、来場者全員に”おみやCD”としてプレゼントされた。
ここでSSQが退場。リズム・セクションのメンバーが呼び込まれ、エピソードとともに一人一人が紹介されていく。
そして演奏されたのは『EYE』の収録曲「プリズム」だ。トランペットとサックスのソロバトルが熱い。時折フレーズを口ずさみながらスウィングする寺尾のベースが楽しげだ。
曲の後に呼び込まれたのはホーン・セクションの面々。まず中塚からトロンボーンの五十嵐誠が紹介され、続いて五十嵐からトランペットの茅野嘉亮、アルト・サックスの副田整歩、トランペットの佐久間勲が紹介される。
今回のライヴのホーン・アレンジは全曲五十嵐のペンによるもの。曲の魅力を最大限に引き出すアレンジだ。
ここからは“終宴”に向けて一気呵成に演奏がヒートアップしていく。スキャットがフィーチャーされた『EYE』からのナンバー「parkour」、テナー・サックスのソロからスタートする「On and On」(『ROCK’N’ROLL CIRCUS』収録)、そしていよいよ『EYE』のハイライト・ナンバー「JAPANESE BOY」が続けて演奏される。
シンバルだけを使った超絶技巧ドラム・ソロから「JAPANESE BOY」がスタートすると、ベースはうなるような高速ウォーキングでサウンドを煽り立てる。トランペット→テナー・サックスのソロからホーン・セクションが高速のソリを奏でる展開は実にスリリングだ。
そして最後のナンバーは『Lyrics』に収録されていた「すばらしき世界」だ。トロンボーン・ソロがフィーチャーされ、フロアは大いに盛り上がる。熱と余韻を残して演奏が終焉を迎えると、メンバーはステージを後にする。
当然のごとく拍手は鳴り止まない。
鳴り止まない拍手に促されるように中塚が再び姿を現す。
真っ直ぐにピアノへと向かい、アンコールに応える。
なんとピアノ弾き語りで披露されたのは「冷たい情熱」。アルバム『Lyrics』の冒頭を飾っていた楽曲で、オリジナル・バージョンではホーンもフィーチャーされたナンバーだ。
(6+7)=13拍子という変拍子で、ドラムレスのピアノ弾き語りとしては非常に演奏が難しそうな曲にもかかわらず、左手でリフを奏で、右手では力強くブロック・コードを演奏しながら歌う弾き語りは絶品。
個人的にはピアノ弾き語りだけで構成されたステージもぜひ見てみたいと思うのだが……。
歌い終わった中塚は、バンドのメンバーを再び一人ずつステージに呼び戻す。SSQのメンバーも含め、総勢11人という大所帯だ。ステージに勢揃いしたメンバーは全員『EYE 』のTシャツを身に纏っている。
全員で演奏されたのは「Your Voice」。アルバム『Swinger Song Writer』で土岐麻子とコラボレーションしていた作品だ。7管という豪華な編成による演奏はさすがのド迫力。素晴らしい宴の幕引きだ。
いつまでもこの素敵な音の渦に身を委ねていたいと思いつつも、始まった演奏はいつか終わるもの。ついに曲はエンディングを迎えてしまった。
ステージ中央にズラリと並んだ今夜の主役たちは、互いに繋ぎ合った手を二度三度と頭上に掲げて鳴り止まない拍手に応える。
こうして忘れえぬ宴もついに幕を下ろした。
中塚武のライヴでは、毎回CDとは異なるアレンジが施され、バンド・メンバーのアドリブ・ソロも随所で披露される。その場に集っていなければ決して聴けない演奏……それが最大の魅力だ。
そしてその一夜限りの演奏をより引き立てるための細やかな演出。
聴覚や視覚はもちろん、嗅覚や味覚にまで気を配り、五感すべて、いや第六感までをも満足させるステージを展開しようとしているのではないだろうか。
そして、その試みはついに実現したような気がする。
text by 大山哲司
photos by 菊池陽一郎、田中亜紀子